四歳で結婚して、ピアノが上達した我が家のケース

「パパと結婚してからね〜、ね〜、パンくん(犬のぬいぐるみ)が産まれたんだよね。ね、パパ?」
「そうだね。可愛い子犬の赤ちゃんだよね」

よくある「パパ好き」とかじゃなくて、四歳の娘は彼女の脳内で僕と結婚して、子供も産まれたようです。

結婚しました!

これをなんと申し上げらたよいものか。

僕は娘を愛してるし、娘も僕を良い遊び相手にしてくれます。

だけど結婚・出産となると、ただ事ではない気がします。
四歳なので、もちろんまだ性教育もしてません。

そうですね、内心を話すと、娘の僕に対する愛が逆転移する日が怖いんですね。僕は決して立派な人間じゃありません。快楽主義で退廃的で落伍者です。だから娘が第二次性徴期を迎えたとき、僕に峻烈な批判をするだろうし、それに太刀打ちできる精神が僕にはないだろうなと想像します。

、、、これぞ落伍者ですね。将来を案じて今を生きていない。いけないいけない。

少しだけ「今の話」(音楽の話)にお付き合いください。

娘は二歳の頃から「ピアノ習いたい」と言っていました。
僕ら夫婦は音楽を仕事にする愉しみも苦労も分かっているつもりです。それに「娘がピアノをやりたいのは、僕ら夫婦が自宅で音楽教室をやっているからだろう」と妻とも話しながら娘のピアノ問題をはぐらかせていました。

ところが娘は毎日ピアノで遊んでいて、「ピアノ習いたい」はエスカレートしていきました。

イメージ的には、
お人形遊び→
Netflix→
かくれんぼ→
ピアノをテキトーに弾く→
空想のお話(を聞かされる)→
夕食→
お風呂という感じで、ピアノが遊びの一部になっていったんです。

我が家に伝わる家訓に『遊びこそ勉強だ』というのがあって、「こうなったら習わせてあげようか」と妻と話すようになりました。

だけど母親(音大ピアノ科出身)が教師になっちゃったら、娘が気を抜ける場所がなくなっちゃうという話になり、ピアノの先生を探すことになりました。

素晴らしいピアニストの友人は沢山います。だけど素晴らしい演奏家と素晴らしい教育者というのは、必ずしも一致しないものです。野球なら現役選手とコーチに似ているでしょうか。

高明なピアノの先生もおられますが、とてもうちの家計では、、、。

そんな矢先、僕らの教室に和声を習いたいという若い女性がやってきました。彼女は難関大学のピアノ科を卒業していて、働きながら和声を習いたいと。

何回か和声レッスンをする中で、徐々に彼女の人柄が見えてきて、あるとき「この方に娘の先生になってもらいたい」と思ったんです。

妻と相談しました。そして一番は「人となりの善さ」だよねという話になり、女性の生徒さんはそれがあるね、と。そこから信頼や尊敬が生まれてくるね、と。

この生徒さん、もちろん素晴らしいピアノを弾く方なのですが、それと同じくらい泥臭い人間味があるんです。子供が好き。根性があって時間の使い方が上手い。大人としての良識もある。年上の僕には、たまに虚勢を張るほどの負けず嫌い。

そして「人となりの善さ〜」とこれは比べようが無いんですか、とても耳が良い方なんです。
そう耳が良い。まず音質や音色に対して聴き分ける耳が良い。絶対に音質について無頓着なピアノは弾きません。それに和声課題一つとっても四声が生きている。説得力持って聴かせるほど曲に対する耳も良い。
いわんや視唱や聴音は抜群。

この方にダメ元で娘の先生になって下さい、とお願いしました。

すると、なんとOK!

今では毎週レッスンをお願いしています。
最近の先生の言葉で印象に残っているのが「雨ちゃんと、こんなに親しくなれると思わなかった」というもの。

とてもシャイな娘に、温かい眼差しを向けて下さっているからだと思います。
先生のお陰で、娘のピアノはメキメキ上達しています笑(宮川慎一郎)