アラベスク(分析とピアノ奏法)・ブルクミュラー 25の練習曲

今日のテーマは、ブルクミュラーの『25の練習曲』に収録されている、「アラベスク」です。

  • ピアノレッスンでのブルクミュラーとは?

ブルクミュラーの『25の練習曲』では、様々なテクスチャ(音楽の構成方法)が取られています。
単純な「メロディと伴奏」という形もあれば、両手で「交互に分散和音を連結させて音楽を構成する」ようなものもあります。
つまり幅広いピアニズムを学ぶことができるため、町のピアノ教室でも教本として頻繁に使用されているようです。
また、それでいてピアノ奏法の点でも、音楽内容の点でも、比較的敷居が低く、また聞き映えもするため、発表会用の演奏曲として取り上げる先生方も多いようです。

作曲家の視点から見ると、ブルクミュラーは「ピアノの魅力を若い人たちにいかに伝えられるか」という点において、とてもユニークなアプローチを行った人物です。これは作品の随所に見られます。
そこで、今日は、ブルクミュラー『25の練習曲』の中でも、ひときわ演奏頻度の多い、「アラベスク」(25の練習曲の2曲目)に絞ってお話をしていきましょう。

  • そもそもブルクミュラーって誰?

まずは、ブルクミュラーがどんな人であったか、そのご説明から。

本名は、ヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルクミュラー(Johann Friedrich Franz Burgmüller)。
ピアニストであり、作曲家であり、そして音楽教育者でもありました。

ブルクミュラーは1806年、ドイツに生を受けます。その後、30代半ばで活動の中心をパリに移し、19世紀後半まで創作・演奏活動をしました。

19世紀といえばドイツでは、メンデルスゾーンやシューマンなどのロマン派の新たな音楽を開拓した時代と重なります。
またパリでは、ベルリオーズがドイツ的ロマン派とは一線を画す作品群を発表していました。
したがって、作曲家としてのブルクミュラーには、彼らの存在が、あちらこちらに見られます。

現在、日本におけるブルクミュラー研究は、音楽学の分野では十分にされていないようです。
したがって作曲を、いつの時期に、誰に師事し、どのように習得していったのかは、さほど詳しく分かっていません。

  • ブルクミュラーの「アラベスク」って?

さて、彼の『25の練習曲』、「アラベスク」に話を戻しましょう。

アラベスクという曲種(曲名)は古くから存在し、多くの作曲家が同名の曲を作曲しています。
ドビュッシーの「アラベスク」などは最も有名ですね。

アラベスクの語源は「アラビア模様」です。つまり、イスラム圏の唐草模様を指します。
ただし、音楽の場合は、そのような華やかな模様のように装飾的な彩りの強い、そして急速テンポの曲を意味します。
ブルクミュラーの「アラベスク」は後者、つまり装飾的で急速なテンポの曲です。

  • ピアノレッスン上のテクニックと楽曲分析

それでは、楽曲分析と演奏テクニックの話題に移りましょう。

まずは一般的な概略から。

・a moll(第2部では借用和音を頻用します)
・2/4拍子

初心者にも配慮した調性設定でしょうか。
2/4拍子は小刻みに歩く様子を想起します。

では、形式概略。

前奏[2]-第1部[8+8]-第2部[8]-再現部[8]-Coda[6]

( [ ]内は小節数。反復記号省略)

ここで分かることは、8小節という区切り(大楽節と言います)を重視している点です。
しかし、その分、Codaでは短い6小節をとることで、結尾を「聴衆へ投げかける」ようにしています。
ここは作曲上、興味深い点ですし、ブルクミュラーの意匠の面白みがよく伝わってきます。

それでは、次に各部分について詳細に見て行きましょう。

・前奏(1〜2小節)

ここでは縦型アクセントが付されています。通常のアクセントより軽く、しかし、軽薄な打鍵にならないよう、彼は求めているようです。しかもpでのコントロール。これはとても難しいと思います。
a mollのⅠ度、小さな手でも届くよう工夫された最小限の構成音、ブルクミュラーは、このあたりに、すでに初級者用練習曲としての有用性を意識しています。

・第1部(3〜11小節目)

右手にメロディと呼ばれるものがleggieroで出て来ます。これもpです。
つまり、はじめの6小節は(Ⅳ度の2転を含みつつも)、メロディは次第に上行し、持続的に緊張感を強めています。この緊張感の作り方が、演奏上、第一のポイントになるでしょう。ここでも、もちろん右手のポジションは初級者用に作曲されています。

7小節目からは音楽に広がりと豊かさが表れます。
これは和音の移り変わりによる部分が大きいですが、注意すべき点は、右手の細かなアーティキュレーションです。これが、おろそかになると、途端に音楽が死んでしまいます。
特にアクセントと10小節目のsf、これはよく強調することで、流れが引き締まります。

分析的に、ブルクミュラーは8小節目でドッペル・ドミナントを入れることも考えたでしょうが、この教本は初心者向けということもあり、あえて、やさしい和音を使ったと思われます。このようなところでも、ブルクミュラーの細やかな気遣いが垣間見えます。(ドッペル・ドミナントは、ブルクミュラーでは後半の曲に登場します)

・第2部(12〜19小節目)

ここは第1部との対比でfで導入されます。また注目すべきは転調で、5度調であるe mollに違和感なく繋げています。
そして最も注目すべきは、左手に第1部の右手で用いたモティーフを左手に置き換えて使用していることです。つまりこの部分、楽曲分析をした上で演奏すると、右手より左手に重要性があり、左手を強く意識すべきことがわかります。
この辺、作曲作業としては、とても手が込んでいますね。200年経った今も演奏され続ける理由は、このようなところにあると私は思います。

19小節目では定石である主調のドミナントを置き、20小節目から再現します。
この曲は、3部形式と見てよいでしょう。

・再現部(20〜27小節目)

この部分は、ほぼ第1部と同様と見てよいですが、24小節目でdolceの表現が出てくるところが独特です。極めてロマン派的と言ってもよいでしょう。
この部分は、少しテンポを落とすか、タッチの工夫によって、柔らかい音色を出す必要があります。

・コーダ(28小節目〜末尾)

28小節目からはコーダとなります。
この部分はやはり冒頭と同様、持続的な緊張感の結果、risolutoのユニゾンに達し、sfの必要最小限の構成音で最終小節を締めくくります。

  • まとめ

今日は、ブルクミュラー『25の練習曲』の「アラベスク」に触れました。
ここに書かれたこと以外にも、テンポ表記(Allegro scherzando)や、細かなテンポ表記、細部にわたるアーティキュレーションに気を配ってください。

そして、最終的にはブルクミュラーの曲ではなく、今、あなたが作曲したかのように聞こえる、そのような演奏を目標にできたらよいですね。(宮川慎一郎)

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