教室名で妻と揉める

僕はこれまで自分が発達障害のADHDであることを公にはしていませんでした。

比較的軽度なことと、音楽大学などに勤務していたことも、その理由にありました。

もし自分がADHD(精神障害者)と言ってしまったら宮川には仕事を任せられないとか、信用を失ってしまうんじゃないかとか、あるいは過度に保護的な目で見られたりしてしまうんじゃないか、そんな思いがあったんだと思います。

でも、ある時気づいたんです。精神障害を隠すことは、自分自身が自分自身を差別しているんじゃないか、と。

僕は、親しい人から徐々に、障害をオープンにしていきました。

 

今、発達障害をはじめ、様々な精神疾患について社会の理解が広がりつつあります。

しかし、2017年現在、ハローワークには未だに精神障害者の求人は少なく、社会の受け入れ態勢も身体障害に比べまだまだのようです。

そこで僕は自分の特技も生かし、音楽教室を作ることにしたのです。

 

まず教室名には悩みました。

僕が「ADHD音楽教室が良い」と言ったら、妻の大反対を食らいました。

じゃあ「ADHDミュージックスクールは?」みたいな感じで、かれこれ半年は準備にかかったと思います。

(宮川慎一郎)